「…いたっ」


久米が頭を押さえて振り返る。


水月が前を向くのとほぼ同時だった。


あたしはその瞬間、久米から手を離して庇うように握られていたほうの手を机の下に隠した。


久米より一歩遅れて後ろを振り返ると、


「ごめぇん。手が滑っちゃった」


と、乃亜がわざとらしく顔の前で謝る素振りを見せた。


だけど乃亜はすぐに笑顔を拭い去ると、久米を射るように睨む。


乃亜―――あたしが久米に絡まれてるのに気付いて、わざと―――……


久米もその意図に気付いているのか、ちょっと不満そうに眉を吊り上げている。


水月が何事かいぶかしんでこちらに歩いてきた。


「楠、どうした?」


「すみません。手が滑って…」と水月にも同じ説明をして、乃亜が落ちたノートを拾おうとする。


水月はそれより早くに屈みこみ、床に落ちたノートを拾い上げた。


ノートについた埃を払うと、


「どうやったら前の席までノートが飛ぶのかな」


と、温度の感じられない声で乃亜にノートを手渡す。


低い……感情を押し殺した声。その声は明らかに怒りを孕んでいた―――


「鬼頭、久米。前を向きなさい」


淡々と言ってあたしたちの横をすり抜け、ついでに何事かこっちの様子を伺っていた梶の頭も軽くこずく。


「梶田。お前もだ。前を向いて」


決して声を荒げてないけれど―――だけど、水月が誰かを“お前”なんて呼んだのははじめてのことで―――




やっぱり怒っているんだ、って気付いた。