「アポロニウスの定理は教科書に書かれてないので、テストで回答しても合格はやれないが、結果を予測するのには役立つ」
水月が数式を黒板に書き付けて、久米はまたもちょっと笑った。
確かに―――アポロニウスの円については教科書に載っていない。
あたしは……数学は好きな方だし、お父さんは物理学者だ。
実際に物理学でこの定理を使用することはないけれど、物理学の応用にもなるって昔話してくれたことがある。
こんな…言わばマニアックな定理を、数学者以外の……それもただの高校生が知ってることに驚いた。
って…あたしもただの女子高生なんだけど。
でも、うちは時々そうゆう変なことで会話が盛り上がったりしてたから、違和感ないけど…
あたしは目を細めて、その落書きをシャープペンでごしごしと乱暴に書き潰した。
やめた。
これは久米の手だ。あたしの注意を引こうとしているのが、まざまざと分かる。
そんな手に乗るかっての。
つんと顔を逸らし、窓の方を眺めていると、久米の指があたしの指先にそっと触れた。
何―――……
顔を戻すと、久米があたしの指さきからちょっと指を動かして、第一関節ほどまで撫で上げる。
久米が薄く笑って、口の端を吊り上げる。
あたしが眉間に皺を寄せ、久米の手を振り払おうと動かしたが、その手を久米がぎゅっと握ってきた。
突然のことでびっくりして、あたしは目を開く。
逃れようとして久米の手の下でもがいたが、思いのほか力強い手があたしの手を握ってくる。
久米はちょっと挑発的に笑うと、あたしたちに背を向けて黒板に数式を書き付けて説明している水月の方を顎でしゃくった。



