最初は驚いた様子を見せたものの、すぐに久米はおもしろそうに笑った。


「でも、彼女ねぇ―――…そんな風に思われてたんだ」


「そりゃそうでしょ。仲良さげに女と喫茶店にいたって言ったら誰でもそう思うよ」


「女―――?」


久米が目をぱちぱちさせて、ちょっと考えるように首を捻る。


何だろ……会話が噛み合わない。


久米が嘘をついているわけじゃなさそうだけど、噂の真意はもっと複雑な気がした。


久米は数秒悩むように首を捻ったのち、やがて口を開いた。


「もしかしてヤキモチ?」


久米の返答に、今度はあたしが目をぱちぱち。


「はぁ?何言ってんの?」


ふざけんなよ。あたしがヤキモチ焼く相手は水月だけだ。


だめだ。


今はこいつに何言っても無駄な気がした。


それに今は数学の時間―――


理由もなく水月を見つめていられる時間―――



「2定点からの距離の比が一定(1:1を除く)であるような点の軌跡は円になるってことは昨日説明したけれど、このようにしてできる円を…」


あたしは何となく耳に説明を流し、落書きみたいにノートの隅に“アポロニウス”と小さく書いた。


「“アポロニウスの円”と呼ぶ。アポロニウスの円は,2定点の内分点と外分点を直径の両端とする円になることが分かる」


またも水月の言葉を頭にくぐらせて、あたしは“A,Bの距離の日比=n:m”と気のない様子で書き込んだ。


あたしのノートの上を久米の手が横切った。


あたしの落書きの下に“ただしn≠m”と小さく書き込んできた。


 
あたしは目を開いて、久米を見上げると久米がほんの少しだけ微笑を浮かべた。