しんと静まり返った倉庫の中、諦めたように靴音が遠ざかっていくのを聞いた。
「出てきなよ、鬼頭さん。
君らしくない。そこは風上だよ?」
久米の声が聞こえて、あたしは目を開いた。
だけどすぐに諦めようにポケットに手を突っ込むと、大きなため息を吐きながら電信柱から顔を出した。
「お、おい!鬼頭!」
梶が慌てて引き戻そうとしたけど、あたしはそれを振り切った。
「あんたがあたしの香水を知ってたことに驚きだよ。久米」
あたしがポケットに手を突っ込んだまま、久米と向き合った。
その距離は5m程。久米がもし、あたしに何かしてこようとしてもこの距離なら逃げられるだろうし、今は梶も居る。
久米は面白そうに喉の奥で笑って、
「まさか尾けらてたとはなぁ。尾行してきたんだよね?偶然ってことはないよな」
と首を傾けて腕を組んだ。
優しそうな丸っこい瞳は、今は細められ整った眉が僅かに吊り上ってる。口角も僅かに上げて、冷笑を浮かべるこの男は―――
一体誰なんだろう?
あたしはこんな久米を
知らない。



