「あたし…トイレ」


あたしは梶たちの賑やかな雰囲気の中、一人輪から外れた。


別にトイレに行くわけじゃないけど、廊下をゆっくりと歩いていると、


「鬼頭!」


やっぱり水月が追いかけてきた。


下校時間の廊下は帰る生徒やら部活にいそしむ生徒たちがまだ居る。だからあまり込み入った話はできないけど。


「キ、キスシーンは君が演じるの?」


水月が慌てた様子であたしを心配そうに覗き込んでくる。


「あたしもさっき知ったんです。でもあたし、白雪姫だから。でもフリだけだよ?」


あたしが久米なんかとキスするかっつうの。


なんて忌々しそうに小声で漏らすと、


「そっか~…」と水月はあからさまに安堵したように息を吐いた。


爽やかなミントの香りに混じって、ほんの僅かにタバコの匂い…




もっと間近に感じたい。





だけどそれは無理だよね―――



「でもフリだけでも…」


やっぱイヤだな。



最後の言葉はほとんど消え入りそうになっていた。


顔を赤くして僅かに俯く。





あたしの唇は水月だけのものだよ?


あたしを連れさらっていいのは水月だけだよ―――




「先生―――」




言いかけたときだった。


前から向かってくる数人の男子生徒たちが目に入り、あたしは口を噤んだ。