「ちなみにA組のリトルマーメイドの配役、主人公の人魚姫は君につっかかってた堤内だよ」


ツツミウチ…て言うんだ、あの女。


「あの女が人魚姫!?似合わねぇ」


ケっと吐き捨てるように、梶が皮肉そうに笑う。


「知名度(?)で言えば君の方が断然勝ると思うよ?それに二人ともヒロインを演じるわけだから、尚更負けられないんじゃない?」


久米のその言葉はあたしを黙らせるのに絶大な効果があった。


確かに―――…お姫様が悪女だったって言う話はあんまりないし、わざわざ劇で演る人も居ないだろう。


斬新なアイデアだと思うし、ウケも狙える。


隣で拳を握り締めていた梶は、諦めたように深いため息を吐いてあたしの肩に手を置いてきた。


「あくまでフリだしさ。俺だってホントはイヤだけど、久米は女子に人気あるし」


あたしは口を噤んだ。


まぁあたし一人が我がまま言ってもしょうがない。


「分かった。やるよ。だけど絶対A組に勝てるように最高のものにしてよね」


あたしが諦めたように台本を久米に突き返すと、久米がちょっと力を抜いたように笑った。


「ありがと。がんばろうね」


悪意のない爽やかな笑顔。


あたしはこんな風に笑われるの、苦手だ―――





水月の―――笑顔に重なるから……





そんな風に屈託なく笑われると―――


頭に昇った血が、一気に冷めていく。


何て言うの?気が抜けるっていうか、生気が吸い取られるみたい。


「でもさ、お前演技の方は大丈夫かよ。あんまり棒読みだったら、客は引くぜ?」


なんて今更なことを梶が聞いてくる。


あたしは梶にちょっと顔を寄せると、制服の襟を掴んでぐいと引き寄せた。


久米の書いた台本に不満が爆発しそうだし、おまけに生理前だから苛立っている。


そんな形相のあたしを梶が目を剥いて凝視した。





「あたしを誰だと思ってンの?



かつては水月と、あの保健医だって騙した女だよ―――」




低く囁くと、梶はびっくりしたように目をまばたいて、それでも妙に納得顔で大きく頷いた。


「その気になれば、やれるよ」


あたしは梶の襟から手を離すと、梶はよろけてちょっと机に手を突いた。それほど力を入れてなかったから、あたしの妙な気迫に圧倒されてたみたい。


あたしは久米を真正面から見据えて、



「やってやろうじゃん」



腕を組んだ。