HYPNOTIC POISON ~催眠効果のある毒~



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学校の図書室、書棚が立ち並ぶ細い通路をあたしは歩いた。


書棚の向こう側では水月が歩いている。


ここの図書室を利用する生徒はあまり居ない。


カウンターに司書として雇っている事務員の女の人が座ってるだけで、奥まったこの場所はその人の目にもつかない。


だけどあからさまにくっつくこともできない。本を探している―――って言う振る舞いをしなければならない。


そう―――…この書棚があたしたちの境界線。


天井まで伸びた本棚が、あたしたちの壁。


図書室独特の古い書物の匂いがする。あのカビ用洗剤の強い塩素の匂いじゃない。


ほこりと、わずかなカビ。それから年代を思わせるどこか懐かしい―――香り。


「―――そんな噂が?」


水月が本棚を挟んで、こちら側に居るあたしに小声で聞いていた。


「……そう。ガラにもなくちょっと考えちゃってさ。あたしとの関係がバレたら水月は学校辞めさせれちゃうんじゃないかって」


「酷い噂話だ。デタラメにもほどがあるよ!」


水月は…彼にはしては珍しく、乱暴に声を荒げて足を止めた。


「そんな噂話、気にしないほうがいいよ。でも―――君らしくないな。大体そんなことが気になるんなら僕たちとっくの昔に終わってただろ?」


本の間から水月がちょっと顔を覗かせて、こっちを伺う。その顔には柔らかい笑顔が浮かんでいた。


あたしも笑い返した。


「別にクビになったりしても、構わないよ」


水月が真面目に言うので、あたしは目を開いた。


「水月!」咎めるように言うと、




「半分冗談。でも君を失うことよりも職を失うほうがいいよ。就職口なんて探せばあるだろうけど、



君という人間に――――替わりはない」



誰も君の替わりになれないし、誰も僕の替わりはなれない。





水月の手が向こう側から本の間を縫って、こっちに伸びてきた。




「学校だよ?」


そう聞くと、


「誰も見てやしないよ。それに―――本棚を挟んで、だ」


水月の声が聞こえてきて、あたしも彼の手にそっと手を伸ばした。