梶に胸ぐらを掴まれた男子生徒は驚きに目を開いたまま固まっていて、梶は今にもあたしの手を振り切って殴りかかろうとしている。
「止めんなよ!鬼頭!!こんな奴ら庇う必要なんてねぇだろ!」
「やめろ、梶田。クダラナイ挑発だ」
反対側から久米が手を伸ばして、梶が胸ぐらを掴んでいる手をやんわりと引き剥がした。
声は怖いほど冷静で……だけど浮かべている表情は―――はじめてみる険しいものだった。
いつも爽やかで人懐っこく明るい印象が―――今は微塵も感じられない。
眉間に深く皺を寄せて、片眉を吊り上げている久米の額に、青白い血管が浮き出ていた。
そのただ事ではない表情に、梶がたじろいだように久米を見る。
「挑発……」
「そうだよ。明らかにこっちを怒らせるために言ったに決まってるじゃない。ここで騒ぎを起こしたら、文化祭に響くよ」
あたしは梶を睨んだ。
「ホントのことだろ?A組で、あんたが教師たちに体売ってることは誰もが知ってることだぜ?親が言ってた」
男子がたじろぎながらも、無理やり笑みを作っている。
女子たちもにやにやと笑い顔を作っていた。
根岸だけは顔を青くして背けている。関わりたくない、という雰囲気がまざまざと分かる。
梶が久米の腕を振り切ってもう一度男子の襟を掴みあげた。
「やめな!」
あたしがもう一度…今度はさっきより強く言い放つと、梶は怒りの篭ったままの目であたしを見て、それでもゆっくりと手を離した。
あたしの声で一番驚いたのは根岸みたいで、青い顔に今にも泣き出して逃げ出しそうな雰囲気を浮かべてあたしを恐々見ている。
あたしは梶の肩を叩くと、
「あたしは大丈夫だから」と、何でもないように梶に笑いかけた。
そしてそのA組の連中を一瞥して、
「じゃあ一つ聞くけど、英語の宮城は男?女でしょ。ついでに言うと古典と、物理学、家庭科なんかも女の先生だよ。
ママと変な噂話してる暇があったら、英単語の一つでも覚えてオベンキョしな」
Got it?(分かった?)と挑発的に言い笑みを漏らすと、A組の連中はたじろいだように顎を引いた。



