「この子には、好きなようにやらせてるつもりです。髪だってパーマを掛けたいと言われれば掛けさてやり、化粧品が欲しいといえば与えてきたつもりです。
これ以上何の息抜きが必要なんでしょう?」
この意見には僕も面食らった。
いやいや…与えるだけが全てではないだろう…
と本心を押し隠して、僕は多少引きつってはいたが何とか笑顔を浮かべた。
「いえ、それも分かるんですが、何と言うか……精神的に。心が安らぐ環境を作ってあげるべきだと…」
そう言い終えたときだった。
バタンッ
どこかの扉が乱暴に閉まる音を聞いて、びっくりして顔を上げた。
リビングと繋がっているダイニングキッチンに、一人女の子が入ってきた。
歳の頃は20ちょっと前ぐらいというべきか。
顎のラインでカットされた栗色の髪はふわふわのパーマがかかっていて、青と茶が基調のチェックシャツに、短いデニムパンツという姿だった。
大きな目が印象的な可愛らしい子だ。
「結香(Yuika)いつ帰ってきたの?」森本のお母さんが声を低めて、結香と呼ばれた子を睨むように見る。
「さっき」結香と呼ばれた子はそっけなく言うと、ちらりと無表情に僕を見てすぐにキッチンの冷蔵庫を開けている。
後ろを向いたときに、白い耳からぶらさがった大きなフープのピアスがちらりと見えて光っていた。
「姉です……さっき話した…」森本がここにきてようやく口を開いた。
だが沈んだ声は覇気がなく、どこか嫌悪感を滲ませていた。
「ああ、さっき聞いた……」
思い出してもう一度、結香さんの方を見ると、彼女は冷蔵庫からミネラルウォーターだけを取り出して、ふいと姿を消してしまった。



