乃亜の色素の薄い瞳が揺れていた。言おうか、黙っていようか悩んでいるようだった。


あたしはその視線の底を探るようにまっすぐに見つめると、乃亜は諦めたように吐息をついた。




「そのとき一緒に居た男の子が雅のことを庇ったんだよ。


犯人のナイフでその男の子が怪我しちゃって、揉み合いの果て犯人も怪我を負ったって。


その騒ぎを聞きつけて近所の人が通報してくれたから、雅は怪我を負わずに犯人はそのとき捕まったって」



怪我―――……?


あたしは目を開いた。




「雅は怪我をしてなかったけど、ショック状態で。病院に運ばれて二日ほど目覚めなかったの。目が覚めたとき…もう何もかも忘れていて……」



そうゆう……こと―――



『あんたは大切なことを―――忘れている。早く思い出さないと

手遅れになる』



鏡の中のあたしはそう言った。




あれは過去のあたしから―――あたしに対する―――警告……



“あれ”を何と説明していいのか分からない。


説明なんてつかない。あれはあたし自身の中に眠っていた潜在意識が見せた幻にしか過ぎないんだから。


時間が止まったように、乃亜の手に重ねた手の先も力が入らなかった。


「マジかよ……結構な事件じゃねぇか…」梶が驚いて、声をちょっと震わせた。


「…そりゃショックだよね。あたしだって聞いたときはびっくりしたもん」


二人の会話があたしの耳を素通りして、文字だけが頭を過ぎていく。


呆然としているあたしの手を乃亜が握り返してきた。


「雅……大丈夫?やっぱり知らなかった方が…」


乃亜は、あたしが呆けている理由が、単にショックを受けてると思っているようだった。


でも違う。





「久米―――…あいつも…怪我―――してた」