痛かった。
確かに無理矢理腕を引っ張ったのは悪かったが、だからって振り払う拍子に転ばされる意味が分からなかった。
イケメンとちやほや持て囃されるだけあって、見上げる少年の顔は美しい。
少し中心に寄った目とかまだ男とは呼べないどこか幼い雰囲気とか、
仮にも嶋一筋の穂ノ香だって、平均的にときめくのはときめいてしまう。
だが、さっきまで自分が縋ろうとしていた腕を、親切心でこちらに伸ばされた瞬間、
頭の中には良くないことが浮かんだ。
『デキ婚は顔しか取り柄ナシ』
『デキ婚手ぇ早いから気をつけろよ』
『親がデキ婚とか最悪だろ、俺なら恥ずかしい』
『あだ名がデキ婚の時点で終わってるよな』
男女問わずユーモアなキャラクターで人気がある二組の少年は、
群を抜いてカッコイイことが足枷となり、三組のような心が貧しい男子たちからは嫉妬をされていた。
『デキ婚はガキができたから籍入れたんだよ、つまり妊娠しなきゃあ結婚する気はなかったんだよ』
『よっくデキ婚なのに平気な面して歩けるよなぁー。知ってるだろ、中絶させたがってて親カンドーされてんだよ。神経疑うわ』
形のない言葉がどれだけの刃になるかを、きちんと分かっていない中学三年生は、
自分が憧れる世界にいる彼をひがみ、たくさんの暴力をぶつけていた。
それは船場を太っているとイジることや嶋をオカマちゃんと呼ぶことと同じ情けない未熟さなのに、
三組の生徒は誰かを陥れることで自分の地位を築こうとする連中ばかりだったから、
誰も深く考えていやしなかった。
二組の笑いと三組の笑いは、幸せと不幸せを上手くあらわしていると、
床に寝そべった穂ノ香は低い視界で改めて思っている。



