絵の具のついた筆を洗ったバケツを空に向かって投げたなら、
ちょうどこんな風に不気味な灰色をしているのかもしれない。
五分前までは晴れていたのに突然の夕立、夏の天気は予想がつかない。
「周防さん! 話あるんだけど」
亜莉紗と二人、穂ノ香がこっそり鞄を手にし、教室から去ろうとした時だ。
存在感だけは立派な女子生徒が顎を突き出し、雷ばりの怒りを露わにした。
「周防さん! 帰らないで歌ってよ!」
自分に詰め寄る船場の意味が分からなかった。
彼女には亜莉紗が見えないのだろうか。
穂ノ香だけを名指しで咎めてくるものだから、彼女は真剣に腹が立った。
なぜなら、それは船場が無意識の内に亜莉紗は自分より身分が上で、穂ノ香は自分より身分が下だとそろばんを弾いた裏付けだったせいだ。
男子に外見をからかわれ、便乗した女子にイジられる人物に皆が同情できない原因は、
このように相手によって態度を変えるスタンスだと批判したくなる。
ストレスが頭の中で爆発してしまいそうで、どうにか感情を抑えるために強く舌を歯で挟んだ。
「ほっとこ。帰ろ。」
澄ました顔で亜莉紗はバトルに割って入る。
親友、三組の嫌われ指揮者に負けない体格で、顔も不細工で服もオシャレでない、
そんなしょぼい生徒が穂ノ香にとっては唯一の仲良しグループだ。



