小さな男の子が兄はゾンビ役だと得意顔でネタばらしをする度に、
普段はヘの字をした嶋の唇の合わせ目がやや直線に近くなる。
それはミリ単位の些細な変化であって、真剣な恋をしている者でしか発見できやしないだろう。
暑い夏には活躍が迷惑な太陽はウザさが武器のとある中学生男子にかかれば青春の象徴で、
口の中で弾けるキャンディーに見立てられ、全力疾走がポップで似合う。
「あれ、穂ノ香サマ、なんで列に隠れてんの。穂ノ香サマは指揮だろ、指揮さぼんなよ」
ドアの上にある明かり取り用の窓枠に両手を伸ばしぶら下がるお調子者が、意味ありげに穂ノ香へ微笑んできた。
は、? わた、し?
突然話を振られても、今は船場が指揮者なのだし、そもそも人前に出るのは苦手なのだし、
様々な理由が頭を巡り、ただ眉を近づけるのみでいまいち反応できなかったのに、
彼女の返事は必要ないのか、「美声を聞くがよい」と、
相変わらずの調子で、皆をドッジボールが強い奴がリーダーの時代に戻る魔法の呪文を唱えてしまった。
『いいこと思い付いた!』
そんな子供特有の笑顔をした二組で一番人望がある男前。
皮膚の奥、骨の中心に響いて身体の内側から痺れさせるマジックは、心の縁取り線を消してしまった。
彼は一人で二年生の時の合唱コンクールのサビを歌って、一人で笑う。
「三組の皆さま口パクしやんと怒鳴れば? 大声出したらカロリー消費で無料ダイエットでオススメ」
この発言を聞けば、無免許でも痛さ溢れる青春の病と診断できるはずだ。
しかし、彼なら逆に恥ずかしいことを堂々とやってみせる奴は穂ノ香のクラスだと引かれてイジられ笑われる運命しかない症状を、
青春がもったいないと治癒できるのだろう。
二組と三組の雰囲気の差は、小銭とお札みたいだと思った。



