彼のクラスはパンフレットやポスターでさえ出し物の宣伝をせずに、
『テンションを間違えたミュージック』としか発信されていなかった。
そうして内容はシークレットで、当日サプライズなのだと三組の生徒たちが吹聴していたはずなのだけれど、
小さな男の子がゾンビと口にしてしまったため、
「うわ、こら、お兄ちゃんとの秘密でしょー、ゾンビは秘密でしょうが」と、
少し叱るように、けれど甘い笑みを添えて少年が慌てた様子で窘める場面を穂ノ香たちは眺めることになる。
民家の瓦や犬小屋の屋根など、あらゆる輪郭を溶かす勢いの怠い暑さは、
天井付近でささやかに働く扇風機では賄えない。
掠れた音が辛うじて冷気を送る主張をしている。
「お兄ちゃんゾンビするよ!! 変な服つくってんだよ!!」
中学生にしては舌足らずな口調、小学生にしてはまだまだ伸びる未来が分かる背、
顎を上に持ち上げ世界を見ようとするあどけない丸い瞳、楽しそうに振る右手としっかりと兄のズボンを握る左手、
そう、お調子者は保育園の弟を連れていたらしく、小さな天使の登場にますます三組は和んだ空気となり、
いつもは存在感がない男子や背景になる女子も、自然と唇がゆるみ嬉しい気持ちになっていた。
そんな様子を体感した穂ノ香は、子供と動物を出せば、とりあえず視聴者ウケを外さないテレビ番組の仕組みを知る。
「あーあ、も、秘密バラしちゃったのー?」
「ゾンビゾンビゾンビ!!」
アットホームな兄弟の会話を前に、引っ込み思案な少女の心臓が大きく鳴った。
だって――――
あの嶋の唇が綺麗に持ち上がったのだ。
無愛想な人の笑い顔を見たのは久しぶりだったから、魔法の術を持った少年へ簡単に恋心が嬉しがってしまう。



