黒板の隅には宿題を出していない人の名前が書かれていたり、

両手で丸を作ったくらいのカゴの中に給食袋が押し詰められていたり、

窓に備え付けられている転落防止の手摺りには生乾きの雑巾が干されていたり、

下校時間前には昼間の所有者らが居ないはずなのに、確かに人が生活している気がある。


「…………。」

初練習は何も生まれなかった。

両手を丁寧に添えオルガンに蓋をする嶋は相変わらず無表情だが、内心怒っているのかもしれない。

眼鏡を外した彼は右目を細める癖があることをきっと誰も知らないはずだ。


そして、嶋という男は目立たない癖にイジられキャラだから、彼に恋をする者は事実上は存在しないのだろう。


もしも三年生の今、二年生の魔法使い少年の名前が出席簿に載っていたなら、少女の今はどう違ったのだろうか。

顔が可愛ければ積極的になれた?
性格が明るければ仲良くなれた?

周防穂ノ香という女は何も取り柄がないどころかヒガミが趣味で、ただ想いを寄せるしかできずにいる。


「……あの、」

声をかけても何も反応がない人を、どうして好きになったつもりだったのか。

「ごめん、」

謝っても彼は唇一つ動かさない。


  怒ってる、よね

まとまりがない三組のピアノを弾かされる上に笑われるのだ。

皆みたいにイジるために面白半分で自分を祭り上げられたと、彼は穂ノ香を誤解しているのかもしれない。


黒い髪はダサいと言われがちな風潮にあるこのクラスは、最強にダサいメンバーが集まっている。


「別に。」


仮にも好きな人の吐き捨てるかのような一言に恋心が嬉しがっていた放課後を、

『穂ノ香サマ』と呼ばれていた時代を、

少女はきっとこの先忘れないのだろう。