勢いに任せようと思った。
合唱コンクールが終わると、伴奏者と指揮者には会話をする機会がなくなるのだし、
イベントパワーが失われた日常に戻ったところで自分は何も変われないのだし、
そうと決まれば、穂ノ香は振られると承知していたが、中学の記念に想いだけでも伝えようとした。
しかし、なぜだろう。
唇の魔法を間違えたようで、『あの、あのさ! いきなりなんだけど楽譜ちょーだい』と、
全く甘味のないとんちんかんなことを言ってしまったのだが、
それがどうしたことか、大好きな彼が黙って楽譜を差し出してきたのだ。
それは『第二ボタンをください』と同等の古臭い愛の言葉だった。
無言だったが、普段口角を上げない彼が笑って手を伸ばしてくれた奇跡を確かに体感した。
厚紙に音符が踊るコピー紙を貼って、蛇腹みたいに折り畳める――きちんと糊付けされているとか、メモが書かれているとか、いちいちときめいてしまった。
ずっと彼に見つめられる存在だから、楽譜になりたくなった淡い想いは最高の思い出だった。
せっかくのチャンスを生かせず、好きの二つさえ音にできなかった。
けれど、長い歌を聞いてもらうことはできた。
皆が皆、当たって砕けろとばかりに告白が可能な訳ではない。
『楽譜ちょうだい』は、周防穂ノ香にとって非常に大きな一歩だったのだ。
『良かったな。プレミアムつくぞ』と、一人の少年に目撃されたのだが、
彼は茶化して去っていった。
それさえ今年は言えなかった。
今年の思い出は意中の少年との思い出がないことが思い出だなんて、やっぱり穂ノ香は三組が嫌いだった。
自分のクラスは本当にクズの集合体だと感じるばかりだ。