保身に走れ!




あの日――……


『三組の生徒は呪いにかかって声が出ないんだ! 俺らの力で蘇らせよう!』

『私たち化け物だけど信じて! あなたたち人間の歌声を取り戻してみせるわ!』


体育館のステージで、胸に響かない台詞を叫ぶのは、とんでもないメイクのゾンビと吸血鬼だ。

白けた三組の合唱に二組が乱入し、彼らに船場と代わり指揮を穂ノ香がするよう命じられ、

イエスマンの彼女はやむを得ずタクトを握った。


そして子供ぶる二組のメンバーらがおもいっきり歌えば、

ダサいからと声を出さないことがかえって恥ずかしいのだと、大人ぶっていた三組の感情も徐々に大きくなったのだ。


さすがにイジメに画鋲やトイレの水を用いる古典的な青春ドラマではないため、穂ノ香のクラス全員が参加するには到らなかったが、

それでもお調子者たちの茶番劇が始まったお陰で、随分と楽しかった。


そう、合唱を中断させ奇行に走った穂ノ香のヒステリーは、二組と合同のシナリオだったのだとばかりに、

ゾンビや吸血鬼が劇っぽく台詞のように言うから一人の女子が狂った場面がなかったことになり、

明るい方向へ世界が変わったのだ。


体育館ごと盛り上がったお陰で、幸せだったあの日。

それは孫と接する事態に似ている。
くだらないのに褒めて、喜んで、そうすると、すべてをまどかに抑えてしまう。