「…おいおい、待てよ…!この扇子は…ッ俺が渡したものだッ!!」

「どういう事だ…?じゃあ…あんた、姫ィさまの知り合いなのか!?」

「…分からない。だが、調べる価値はあるな。今からストークス本家に向かうが…ローズ、どうする。ここに残るか?」

「悪い、アンネローゼを連れて行ってくれ。俺はまだひと眠りしたいんだ」

「分かった。オジサンには誰も病室に通さないように伝えておく。此処にいれば安全だから、調べ物が終わったら戻ってくるよ。ローズもそれでいいな」


俺とノエルを見比べた後、おずおずとノエルから体を離して立ち上がる。

レースの折れた服の皺を伸ばし、乱れたリボンを結い直し、柔らかい髪を整える。

鞄を持って出口へとぱたぱた走るローズに続こうと踵を返せば、ノエルが俺の服の裾を掴む。

ローズに聞こえないように耳打ちをするノエルは、虫の様な小さな声で囁く。


「…俺じゃ…アンネローゼの事…守ってやれないんだ。だから…ずっとじゃなくてもいいから…気にかけてやってくれ。頼むよ。あいつ…独りじゃ生きていけないから…お前にしか頼めない」

「お前が…守ってやれよ。ローズもそれを望んでいる」

「守りたい、でも守れない。綺麗な服を着せる事も、美味しいご飯を食べさせる事も…人並みに生活させてやる事も出来ないんだ。俺は無力だから…何も守れない。だから…頼む、お前にしか…頼めないんだよ」

「…分かった。でも…今だけだ。俺は…フェアじゃないのは嫌いなんだよ」


自分は想い人一人守れない、本当は自分で守りたいのに、力がないから守ってやってくれと。

一体どれほどの覚悟を、どれほどの物を捨てて、俺に頼みこんできたのか、想像がつかなかった。

自己犠牲の愛情が此処まで美しく、今まで俺が語ってきた愛や恋がどれだけ虚しい物だったのか思い知らされる。

だから俺は、このノエル・ラヴィンソンと同じ壇上、同じスタートラインに並んで勝ちたかった。