独:Der Alte würfelt nicht.

 
 
 ――数十個と言うセキュリティ認証を経て、カノン君に連れてこられたのはハーグリーヴス本家。

咽返るほどの薔薇が咲き乱れ、本館までの道を迷路のように彩っていた。


古風な印象を残した本家は、近代的な社会から切り離された浮世離れした場所。

脱走を試みたが強固なセキュリティーの所為で、5度目の失敗に終わった今日。


「…部屋で閉じこもってぐるぐる考えても…何も変わらないじゃない。私のバカ、なんでカノン君についてきちゃったのよッ…!」


部屋中にぶちまけられた血に溺れるのは、息を吹き返す事の無いキャロルさんの姿。

忘れるなと言われるようにフラッシュバックされる映像は、脳内で何度再生されただろうか。

お葬式に出席したいとカノン君に申し出れば、マスコミが湧いているから危険だと言われた。

それから数日、用意された食事にも手をつけずに、ぼんやりと毎日を過ごしていた。


 ――このままじゃ駄目ね、私…。


空気を入れ替えようとカーテンの引かれた窓を開け、柔らかい外気に肌を晒す。

地上までの距離が結構あり、このまま身を乗り出して飛び降りてしまえばどれだけ幸せだろう。

ラプンツェルの様に、髪の毛を垂らせば王子様が迎えに来てくれるのだろうか。

余りにも幼稚な妄想に自嘲していると、見降ろした先には質素な中庭が広がっていることに気づく。


「…あ、れって…ッ」


薔薇の根元にしゃがみ込み、鋏を持って剪定を行っている人物に私は見覚えがあった。

ブラウンの髪に細められた翡翠色の瞳、どこか大人びた彼の表情に釘づけになる。

カノン君は私を本家につれて来てから、どこかへ頻繁に外出していた。

行き先を聞いてもはぐらかされ、屋敷内で会った事など一度も無かったのに。