独:Der Alte würfelt nicht.

 
 
「もういい。君はもう充分頑張った。パンドラの事も、黒羊の事も。全部“下らない”って、吐き捨ててしまえばいい。帽子屋が居なければ、君はそれらに関わる理由も無くなるだろ?」

「…でも、みんなは?眠りネズミや…白兎も…」

「帽子屋が世界を救うっていう大義名分で君を利用していただけ。どうせ救われやしないんだ。他の皆も…生きているかさえ、分からない」

「そうだわ、ノエルは…ッ!?テロの後、私が撃たれて…それから、それから…ッ――」


部屋に散らばった工具、ピクリ、ピクリと痙攣するキャロルさんの姿がフラッシュバックする。

忘れられる筈の無い光景だったのに、血の匂いとべた付く肌の感触を今この瞬間まで“忘れて”いた。

耳に残る子守唄、生温い血液を体中に浴びて、彼女が消えてしまわない様に抱きつく私。

あまりに遅く認識された記憶に、行き場の無い感情を爆発させる。


「キャ、ロルさんっキャロルさんはっ!?あの後、軍が来て私、レイに連れていかれてッ…キャロルさんはッ!?どこッどこにいるのよぉおっ!!!」

「アリス、落ち着くんだ。認識した記憶がパンドラ内で処理し切れてないから…混乱してるんだよ。呼吸を正して、ほら…ね」

「どこに、どこ…ッもう、いないの…?どうして、あの時まだ温かくて、“生きてた”…ッ!!」

「死んでたよ。死ぬ運命だった。君は、あの場では、どんな奇跡が起こったとしても不可能だった」

「そ、んなのッ言い訳にしかならないわッ!!私が殺した、私が助けられなかったからッ!!キャロルさんは、違う、私…なんて愚かで自分勝手なの…ッ!?レイの事ばかりで、どうして、嗚呼、なんて汚い、醜い、最悪の…馬鹿女ッ…私が、私が代りにッ…」


レイ、レイレイレイ、頭の中にあったのは男の事ばかりで、手の中から消えた命すら“忘れて”いた。

キャロルさんの最期、母として子の生を“諦めた”表情を“忘れていた”自分に身の毛が弥立つ。

力任せに振り上げた拳がベッドに叩きつけられる前に、喉元を親指で潰されベッドに押しつけられた。

強制的に発声を抑えられ、辛うじて呼吸が出来る隙間を開けられた。