独:Der Alte würfelt nicht.

 
 
「核を守るための防御反応。本質に近い部分を、他人に曝け出すことに関し、当人が精神的に適応出来ていない状態で起こるんだ。本質に近い記憶は、君の核になり得なかった欠片が渦巻いている。それは辛い事も、悲しい事も、楽しい事だってある。でも今回のは、本質とは程遠いただの“記憶”。だから、拒絶だってしないし…恐怖も無い」


涙が零れている筈の目元に指を這わせ、目の前へと指を持ち上げる。

水分を感じさせない指先、整えられネイルの施された爪、指をすり合わせても乾いた音しか出ない。

それほどまでに、彼が私の父親だったという事実に落胆しているのか、と自傷の笑みすら浮かべる。

彼への想いの木は、歪に枝を伸ばし、きっと私を養分にして最後には自身さえ枯らしてしまうだろう。


「レイは…私の、お父さん。恋をする資格も、ずっと傍に居る事も出来ない。愛を語られる事も、恋を嘯く事も。想いを打ち明ける事も…本当なら、許されない行為ね」

「アリス」

「私を利用する為に手っ取り早い方法だもの。私の記憶に“何か”があって、しかも私が“侵入者”を容認しなければいけないというのなら、納得だわ」

「…アリス」


辻褄合わせの言い訳を重ねる度に、カノン君が私の名前を何度も呼んだ。

彼が名前を呼ぶたびに、私は自分を納得させるための理由付けを吐き出す。

私から視線すら逸らさないカノン君の瞳を覗き込めば、痛々しく笑う私の姿が映っていた。

あまりに滑稽で、可哀想で、映った私は、過去に心底軽蔑していた“女”が居る。


――私は馬鹿だ、無能だ、出来損ないだ、失敗作だ。


初めに決めたのに、ずっと思っていたのに、いつから摩り替ってしまったのだろう。

利用されてもいい、どんな関係だとしてもレイの傍に居られるのなら、それだけでいいと。

でも――いつからか、私の中で生まれた彼への想いは、形を変え、想いを変え、“欲”へと摩り替えてしまった。

もしも…その想いを履き違えてさえ居なければ、私はきっと“幸せ”になっていた。