――悪用する人がいるのよね…私みたいな悪い子は。


私が左手に埋め込んでいるのは、真っ白な状態のIDだった。

これだけは世界に二つないと言われるオリジナル品で、中身を書き換える事が可能な上、その内容を国のシステムに承認させることさえできるのだ。

他の誰かのIDになり済まし、悪事を働けば実際のIDを持つ人間の犯行となってしまう。

いつか何かの役に立つとレイに渡され、彼の手で埋め込んでもらったIDだった。

本来IDは生後数カ月で右手首に埋め込まれるので、私ぐらいの年齢の子がIDをしかも左手首に埋め込んでくれなどと言うと怪しまれるという理由だった。


 ――リザさんのIDを、と。取敢えず…コードだけでも読みこませておけば…。


認証機にID照合完了と言う表示が現れ、パスワードを要求される。

パスワードの方は端末に前から入れていたフリーツールを使い割り出す。

パスワードを入力後、ほんの数秒して扉がゆっくりと開いた。

薬品と埃臭い独特な臭いが鼻をつき、思わず顔をしかめてしまう。

恐ろしさを感じるほど冷え切った部屋には、肉眼では確認できないほど数多くの棚。

そこに陳列されている薬品に目を見張らせていたら、部屋をまるでこの世から遮断するように、重圧な扉のロックが起動した。


「――まずは連絡を…」


部屋の奥に設置されている無機質で大きな黒い物体に近づき…電源を入れる。

埃がかぶるほど古く、ブーン、と低い音を立てて起動したそれは“緊急事態”の場合にのみ軍直通の回線を使うことが出来る。

型式はかなり古いがテロリストが張った妨害電波など目ではないので、これなら軍に直接連絡できるのだ。

ルカにこの存在を教えられていなかったら、私は迷わず外に行く方法を選んだだろう。

今度は右手首のIDをかざし、照合作業に移る。