こんな顔で、
教室には戻れない。

あたしは行くあてもなく走ってた。

学校の真ん中のテラスあたりで一度止まった時、
あたしを追う足音に気付いた。

振り返ると、
近江先生だった。

「待ちなさい。田口あおい。」

先生の息がはずんでる。
一生懸命追い掛けてくれたんだ。


「あれ…?」

なんで、あたしの名前を知っているんだろう…


「なんで、名前…」

「知ってるさ。君のことは。大学教授の娘で成績も優秀。」

「そうで…すか。」


「でも、まだ16だろう。まだ、ものごとに可不可をつけてほしくないんだよ。」



あたしは、先生の言葉がきれい事にしかおもえない。
あたしが、16だろうともっと幼かろうと、逆にもっと歳をとっていようと
もうここまでこじれてしまった家族を元に戻そうとすることは、
不可だ。

父はもうあたしとは関係のないところで、新しい家庭を築くのだから。


それをどうやって不可をつけるなというのか…


「わからないって顔してるなぁ。」

先生は笑いながら言った。
あたしは真剣に考えただけに少しムッとした。

「怒るなよ。田口の素直さに感銘を受けたんだよ。」


あたしが
素直かぁ。


縁のない言葉だった。


不思議。
近江先生には
あたしを素直にさせる何かがあった。


それを恋かもしれないと気付くのはもう少し先のこと…。