「割り切らなくていいんじゃないか…。」

窓際の1番奥の机に『先生』は座ってた。

あたしと担任の会話を最初から最後まで聞いていたようだ。

一度も授業は受けたことがない他の学年の先生だったけど、

この『先生』は有名だった。

歳は40代前半くらい。
生徒からもそこそこ人気のある先生。


近江 彰 先生。

何より
有名なその理由は

放課後に毎日音楽室でドラムを叩いてる。
それも、
ジャジーなスイングを。


あたしは
Jazzなんてよくわからないけど、

生徒から人気のある理由はわかる。


甘いマスクと

ちょっと淋しそうな目元。

他の教師たちとは一味ちがう
ハイセンスなネクタイ。



「どうしてですか?近江先生…」

聞き返したあたしに、先生は言う。

「割り切ったら、許すことになる。
この先、親の離婚のせいでどんなつらいことがあっても、
君は、両親を責められないと思うけど。」


正論。

でもあたしは強い反発を覚えた。

「でも、割り切らなきゃ辛いんです。
乗り越えなきゃいけないことと諦めなきゃいけないこと、あたしにはあるんだもん。」


不思議と、心が溶けていく…

だんだん、

誰にも言えなかったことが涌き水のように
次々と
溢れる。


昔、昔に辛かった
そんなことまで溢れる。


やだ…


涙が
でそう。


「ママはパパがでて行ってから毎日、毎日パパの悪口をあたしに言って…。
ママには悪い男でもあたしには大好きなパパだった。
あんなに悪口言われてあたしだってイヤなのに…
あたし、イヤだって言わなかった。
何度もパパはなんどあたしが帰ってきてって言っても帰って来なかった。
たまに高い店ぬ食事に連れてきてくれたけど、その度に、
いい子にしてるんだぞ
って、そういうの。
あたし、その言葉のせいで、泣くことすらできなかった…」


頬を涙が伝っていた。


先生は黙ってうなづいた。

「いいんだよ。それで。最初から親の前でもそうしてればよかったんだよ。」



あたしはぐちゃぐちゃの泣き顔のまま、
準備室を飛び出した。