「あおいちゃん、ここの制服似合うね。ここの学校に入れるってことは、頭もいいんだろうなぁ」



その時、
音楽室のドアが開いた。


「わたる、田口あおいは頭いいどころか、学年トップだよ。」


近江先生の声だった。

「せんせぇっ…」


あたしの目から涙がでてきた。
「田口?」

「帰ったら、ママがっ…」


あたしは必死に今起きたことを説明しようとした。

けれど
言葉にならない。



でも、いいの。



あたしが1番言いたかったことは、
伝わったよね?


あたし、
先生に会いたかった。
だから
会いにきた。



涙をポロポロ流すあたしの肩に先生はそっと手を乗せた。

好き…
大好き…


触れられた肩から溶けていきそう。



あたし、
17にして初めて人を好きになった。

好きってこういうことなんだ。



「葵ちゃんはつまり、家に帰ったら、母親が手首を切ってたらしいよ。」


沈黙をやぶるかのように
わたるが言った。

「え?それでお母さんは?」
先生もさすがに驚いている。
「…病院に。軽傷でした。父が付き添っています。」


「…よかった。」


先生は命があってよかったって
そう思ったんだろう。



でもあたし、
ちっともよかったと思えない。
だって、
ママの姑息な手、もう嫌になる。

死んでくれたらいいのにとは思わないけど…。



このまま、何ごともなかったように退院したら、




「よくないよ、先生。あんな軽い怪我で。懲りない人だもん。ママ、また同じことする。」




あたしの言葉を聞いて、

先生は哀れみの目であたしを見た。



わたるは
珍しいものを見る目であたしを見た。