それから…何時間経ったんだろうか。

奈留が落ち着いたのを見計らって、
コートのポケットから
「中絶同意書」を取り出す。

「オーナーから預かったんだけど…
どういうこと?コレ…
こうすることで、俺に黙っておこうとしたの?」


「でも…良かったね。
サインしなくて…良くなったよ?」


「奈留っ…!」


俺もさ…
そのお腹の子の…父親なんだよ?
なのに…何にも相談してくれなかったのが、ショックだった。


「私も…産みたいとは思ってたっ…
だけど…怖かったのっ…
獣医師の仕事と子育ての両立…厳しいって聞いて…
この仕事だけで食べていける保証、ないしっ…

それに…今妊娠なんてっ…雅志の後継者のこともあるしっ…
迷惑かけられないよっ…」

奈留、やっと言ってくれたね?

流産…しちゃったのは…今回は仕方ない。

まだ妊娠が確定していなかったからこそ…
今回の事件は防ぎようがなかった。


だから…

次は…産もうな。

俺たちの子。


奈留…お疲れ様。

ぎゅって…彼女を抱きしめてあげようとした、

そのとき。

ふいに、ハイヒールの音が響いた。