その夜、帰宅する俺の足取りは重かった。


朱音に…言わなければならない。


"子供を中絶させてほしい"と。


でも…どうやって言おう?

朱音は…どういう反応をするだろう。


怒って家を飛び出すかもしれない。

離婚を切り出されるかもしれない。


それでも…言わなければならない。


「…ただいま。」


「お帰りっ!!」


朱音は、読んでいたマタニティー雑誌を閉じて、オレに明るい笑顔でお帰りと行ってくる。


「あのさ…朱音…」


「ん?」


俺がこれから何を言うのかも知らない彼女は、
首を傾け、上目遣いで見上げてくる。


「ごめん。
子供、中絶させてほしいんだ。」


「え……」


朱音がそう言うと同時に、朱音の側に積み上がっていた…妊娠や出産の類いの本の山がドサ…と音を立てて崩れていった。


「俺…育てていけそうにないや。」


「仕事…なくなったから?そんなのひどいよっ…!!
今度こそ絶対産もうって言ったの…誰よ!?
指切りまでしたくせにっ!!……嘘つきっ!!」


顔を真っ赤にしながら、そう訴える朱音。


朱音を裏切っている…その罪悪感から…


「ごめん」


と謝ることしかできなかった。


中絶には…自分のサインを書いた
"中絶同意書"
が要る。


それを取りに行くためにも、

中絶させてしまった後…男である俺に何か出来ることはないのかを…聞くために急いで病院に向かった。


たまたま病院の外にある自販機の近くで休憩していた院長先生に事情を話すと、

「なるべくなら本人の意志を尊重したい。」


先生はそう言って、俺の家に電話を掛け、朱音を呼び出した。


「……出ないわ。
星哉くん、家まで案内して?早くっ…!」


俺は、院長先生に言われるままに、家へと車を走らせた。