Side雅志
俺は、奈留が寝たのを見計らって、日本の北村動物病院に電話をした。

すると院長は、その電話をオーナーの彩さんに転送してくれた。

『あら、フランスでぬくぬくしてるはずの貴方から電話なんて、珍しいわね』
なんて言ってきたオーナー。

だけど、俺がさっきあった出来事を詳細に話してから、オーナーの声が明らかに、怒りと驚き、哀しみの混じった声に変わった。


『いいから、いつまでも俯いていないで、顔をあげることね。
そんなこの世のものじゃない苦いお茶飲んだときみたいな顔、貴方らしくないわ』

『私も、うかつだったわ。
まさか、もう貴方や奈留ちゃんに危害が及ぶとは思っていなかったのよ。
ごめんなさいね?

ちゃんと、信じてあげればよかったわ。
美崎の、言っていたこと。
あら、私、そういえば言っていなかったわね。
美崎、宝月家の一員になったのよ?
彼女は理由あって義理の母親と確執があるから。
その情報収集のためにも、宝月家の情報監視センターに所属させたわ』


そう言うオーナーの目には、いつも新品のLED電球くらい強く瞳に宿っている光がなかった。

「オーナーが落ち込むことじゃないですのに…」


『私の責任でもあるじゃないの!
ちゃんと私が彼女の…美崎の忠告を真に受けて手を打っていれば…
こんなことには…ならなかったはずだわ』


人一倍、自分の仕事にはプライドと責任を持つオーナー。
今頃、彼女の心の内には、沸点を越えた熱湯が煮えたぎっていることだろう。
パソコンが置いてある机を思いきり叩く音が今にも聞こえて来そうだった。
彼女は、近いうちにこっちに行くということ、奈留の様子で変わったことがあったら教えてくれと言ってTV電話を切った。
奈留の様子を見ていたら、運悪くたまたま放送されていたドラマが獣医師モノで、TVの画面から目を背けていた。
獣医師の所作自体が、もうトラウマとなっているらしい。

その彼女の状況を、オーナーに話す。

彼女は、知り合いの精神科医に連絡をして、彼女の精神状態が少しでも落ち着くよう、便宜を計ってくれるという。

『私と美崎が明日には着くよう、出発するわ。
それまでは、家を出ないで欲しいの。
その知り合いの精神科医も、連れてくるわ。
私の恩師だし。
着き次第、その人と一緒に病院に行けばいいわ』

「分かりました、彼女に行かせます」


『それじゃ、頼んだわよ?』


オーナーが半ば強引に通信を切った。


これから、どうしよ………