彼が眼鏡を外さない理由




「あれ?

ざーんねん。てっきりそうだと思ったんだけどなあ」



すっとぼけるような声色とは裏腹に、私の唇を執拗に這う親指の動きは官能的で。

私を捉えるグレーの瞳は、好奇心旺盛な子猫のように燦爛(さんらん)と輝いていた。



「お嬢さん、こういうのはお嫌い?」



どこまでも私を見下す冷たい視線が、申し分のない曲線を描く顎が、こてん といたずらに傾げられる。



「…おい、なんか答えてくれよ」



困ったように男は笑った。

左側の口角がニィっと引き伸ばされて、伏せられた瞳。

なめらかな白磁の肌に、朧々(ろうろう)とした影が落ちて。


誰をも蠱惑(こわく)する垂れ流しのあだっぽさがなりを潜めた。


しゃべることを求められても、二の句がつげない。

ほんとうに困っているのは男ではない。


こっちのほうだ。