彼が眼鏡を外さない理由




殴るべきか、殴らぬべきか。

行きつ戻りつすること、時間にしてほんの数秒。


…よし。

ここで誘惑に負けて、素直に殴るわけにはいかない。


かわりに、「ふざけんな」背後からからまわされた腕をぽかぽかとグーで叩いてやった。

これでいい。


微々たる抵抗。

些細なそれは年端(としは)のいかない子のようで、ほんとうに馬鹿なのはどっちなんだと、頭のなかの冷静なもうひとりの自分がそれを嘲笑った。


別にいい。

オトナ路線がうまくいかないのならわたしは大人しくオコサマ路線に走るだけだ。

等身大の自分を愛してもらえたら幸せじゃないか、へこたれそうな自分を叱咤激励する。

頑張れ。



「そんな可愛いことしてくれるなよ、お嬢さん」