彼が眼鏡を外さない理由




不思議だと思う。

どうして男のため息ひとつで、こんなにもわたしの胸はキリキリと痛めつけられる思いがするだろう。


まるで尖った鋭い爪で、無防備な心臓をチクチクと刺されているみたいだ。

柔らかいスポンジケーキに、銀のフォークをぷすりと突き立てたら、こんな感じかもしれない。


知らず知らずのうちにわたしは服の上から左胸のあたりをきゅうと握りしめていた。

見えないなにかから必死に身を守るように、ひたすら指先にきゅうと力をこめた。

着ていた服にくちゃっと皺が寄った。

まるでわたしの感情そのもの。ぐっちゃぐちゃで、とことん不格好。



「───」



男のため息と共に憂いを帯びて震える睫毛はレンズ越しでもしかと確認できた。

と、同時に"儚い"と"美しい"はよく似ていると感じた。


元来眼鏡というやつは掛けるひとの目を小さく見せる気がするのだが──男の場合はどうやらそうではないらしい。

まるで虫眼鏡で拡大したかのように、鮮やかにわたしの目に映った。



「──…それはそれは。」



しっかりと棒読みのくせに、さも愉快だと言わんばかり。大仰そうに繰り返してみせた男。

その延長なのか、器用に片側の口角だけを持ち上げて、こめかみにぴとと白い手を当てている。

端正な眉は稜線を急にし、暗灰色の瞳は名月のように真ん丸と瞠目する。


そこだけスポットライトが当てられたのかと見紛うほどに、一瞬にして雰囲気が変わった。



「、」



わたしはぐう、と言葉に詰まる。