彼が眼鏡を外さない理由




そこらへんの女と違って、何度も男の部屋に足を踏み入れることを許されているぶん、わたしは男から"そういう"対象で見られることがない。


"食指は動かない"発言は嘘ではなかったらしく(別に期待していたわけではないが)、男の部屋でシャワーを借りた風呂上りのわたしを見たって"ちゃんと髪乾かさないと風邪ひくぜ?"と薄く笑うだけであってなんにも起こらない。


同じ匂いをまとっているということに緊張しているのはわたしだけで、"なんか言うことないの?"と問うわたしに、男は胸下まで伸びたわたしの髪を一房掬ってくんと鼻で微かに香るシャンプーの匂いを嗅ぎながら"お嬢さんがつけると違う匂いみたいだな。なんつーんだ? 色気がないっつーの?"そう言ってニマリと笑って膨れ面をするわたしを茶化す。


ただそんな発言の後には必ず、"おら、こっち来い。俺が頭拭いてやる"まるでシャワー後の犬みたいにわしゃわしゃと無遠慮にわたしの髪をかき混ぜるのだ。

しかも、それは図ったようにソファに腰掛けた男の膝の間。


もうこの男はわたしのことをご飯の作れる愛玩動物ぐらいにしか捉えていないのだと思う。

そこにはどう見たってなにか間違いを起こしてしまいそうな"妖しさ"はないのだから。

ある意味妹扱いよりもひどいと思う。


わたしは耳まで真っ赤にするくらい照れているのに、"痛い。毛抜けたらどうしてくれんのこのクソハゲ"必死に罵詈雑言(ばりぞうごん)を浴びせてどうにかしてその場を取り繕おうと努力しているのに、あの男とくれば"こら、落ち着けお嬢さん。どうどう"冷静沈着なことこの上ない。


男はひとりっ子らしいけど、もしわたしにもうひとり兄がいたら、それも10以上年の離れた兄がいたらこんな感じだったのだろうか。

(残念ながらあのちゃんらんぽらんな兄はこんな風に甲斐甲斐しく世話をやいたりしない。)(あれはどちらかというと世話をやかれるほうだ。)