彼が眼鏡を外さない理由




「ほら、」



言いたいことがあるなら言えよ、と。

はっきりしないのがきらいな男が先を促す。


おそらくわたしがなにか言いたいのはわかっていて。

きっとそれが言いにくいということもわかっていて。


だからこそ突破口を見つけ出そうと沈思黙考するわたしを今か今かと迫り立てる。


思案投げ首の苦境にあえぐわたしを高いところから見晴らして、愉悦に浸っているのだ。


濡れて揺らめくわたしの視界に映った男は、それはそれは悪魔的に薄く微笑んでいた。

こんなときでさえ、もろく美しい。


月が太陽に恋焦がれるように、自分とは正反対のそれに手を伸ばしたくなる。

触れたら粉雪のように溶けてしまうのではないか、と不安に思いながら。