蘭藤荘に到着しタクシーを降りると、言い争う声が聞こえてきた。


「…っておい!!待てって大和!!!」


えっ?大和?


男の焦った声が響く。


「うるさいっ。お前が出て行かないなら俺が出てくまでだ。」


静かだがあきらかにイラついた声。


「ちょっ、大和!!」

「離せっ!!!」


バコッと鈍い音とともに男の唸り声が聞こえた。
そして、ザッザッザとこちら側に近づいてくる足音がしー

思ったとおり早瀬先生が姿を現した。


「…彼方。」


早瀬先生は僕を見て少し驚いたように青緑色の瞳を見開いた。
まるで見てはいけないものを覗き見てしまった気まずさが僕の中で溢れる。


「あっ、あの…」


何か言わなくちゃ。


僕が口を開いた瞬間―


「お前さぁ~。いい加減その手の早さなんとかしろよ。」


そう言いながら暗闇から少しクセのある短髪に、ガッチリとした爽やか風の男が姿を現した。

早瀬先生が眉をしかめる。


そうか、早瀬先生。この男と争ってたんだな。
だけど…あのいつも優しい早瀬先生を怒らすなんて、コイツいったい何者なんだろう。


早瀬先生は男に向かって何か言いたげな顔をしたが、やがてハァッとため息を一つ落とすと、僕の方に顔を向けた。


「ごめんな。変な所見せちまって。」


少し困ったように微笑んだ早瀬先生に、何故か胸が締め付けられる感じがする。


「い、いえ…」


そう言い返すのが今の僕には精一杯で、足元に視線を落とした。


「大樹、行くぞ。」


早瀬先生はそのまま僕がいる反対方向に向かって歩き出した。


「あっ、あぁ。」


『大樹』と呼ばれた男も早瀬先生の後を追うように歩き出す。


僕とすれ違う瞬間、


「……。」


その男の強い視線。


その視線はすぐに逸れたが、僕はその後しばらくその場で立ち尽くしてしまった。