長い沈黙の後、息を吐いた百花は、やっと私から目線を外してくれた。

私は小さくほっと安堵する。


だけど、次に百花が私に放った言葉は唐突だった。



「あたしね、お店、辞めたの」

「え?」

「今まで、流されるままにキャバから風俗に行って、遊び代欲しさに適当に仕事続けながらやってきたけどさ。レオと付き合うようになって、あたし何やってんだろう、って思い始めて」

「………」

「だから、辞めたの」


端的に言った百花の言葉からは、微塵も仕事に対する未練は感じられなかった。

私は、だからこの前、宮下店長から電話がかかってきたのかと、どうでもいいことを思ってしまう。


目を落とすと、私のハンバーグにかけられた乳白色のクリームソースが、精液みたいに見えて、ひどく気持ち悪くなった。


トイレに行きたい。

トイレに行って、吐き出したい。



「うちのおばあちゃんが入院しちゃったのもきっかけだったのかもね。おばあちゃんは唯一あたしの理解者だったっていうか、あたしおばあちゃんっ子でさぁ」

「………」

「おばあちゃん、自分が入院してるくせに、あたしのこと心配すんのよ。しわくちゃの手で、あたしの手を握るの」

「………」

「でもさ、あたしの手って、男のもん触りまくってんじゃん? 汚いじゃん? おばあちゃんに申し訳ないじゃん? そしたら仕事も急に嫌になって」


気持ちが悪い。

胃が痛い。


吐いて早く楽になりたい。



「でね、あたし今、介護ヘルパーの資格が取れるスクールに通ってんの。頑張れば数ヶ月でどうにかなるみたいだし、どのみち資格を持ってて損はないわけじゃん?」

「………」

「別に将来、介護士になりたいだとか、そういうのじゃないけどさ。まぁ、あたしも少しは人のためになることすべきかなぁ、って」

「………」

「っていうか、おばあちゃんのためになることをしようと思ったの。おばあちゃん、もうあんま長くないらしいからさ、せめて最期くらいはね」