道場に着き、恐る恐る中を覗く
まだ誰もいない
鍵は開いていたので、この後誰か練習に来るのだろう
(たぶんタカ兄だろうな
よく高校サボって来てたし……)
そっと道場に上がり荷物を置くが、昂がいないので何も出来ない
(暇だし……雑巾掛けでもしよ)
制服のままではアレなので、とりあえず道着に着替える
バケツを探し、水を汲みに廊下へ出た
(道着とか久々だなぁ……)
はっきり言って、あまり道着も着たくなかったのだが、他に着るものもないので仕方ない
髪を高い位置に結い上げ、水道へと向かう
途中、話し声が聞こえてきた
「――そうなのよ! もう、うちの旦那ったらね」
(菊代おばさんだ……)
声の主の姿を確認すると、何となく隠れてしまった
(ちょっと、苦手……なんだよね……)
いい人なんだけど
この道場は昂の自宅と隣接しており、正面の出入口から玄関が余裕で見える
また、その距離3メートル
小声では聞き取れない距離だが、何より菊代の声は大きく、よく通る
一瞬、驚いて足が止まったが、再び足を進めようとした時
「それより、知ってる?
私の姪なんだけど……相川 嘉陽って」
時間が、止まったような気がした
叔母の口から出された自分の名に嫌でも反応する
「知ってる知ってる!
ほら、一年前の事件の!
家族が皆殺しだっけね? 不敏よねあの子も」
同情と見せかけた、好奇心の声
嫌な予感しかしない
聞きたくない
それ以上聞きたくない
そんな嘉陽の意思とは裏腹に、続く声が耳に入ってくる
「どうだろうね
案外、自分で殺したのかもよ?」
――何ヲ、言ッテルンダ……?
