幸せな家庭
幸せな時間
当たり前だったはずなのに、その時のことが思い出せない
――どうやって笑ってたんだっけ……?
思い出せない
あの時、確かに自分は笑って、あの中を過ごしていたはずなのに、今ではそれがひどく不自然に感じた
もう、母の優しい声も聞けない
温かい父の声も
あの、まだ声変わりしていない高い弟の声も
「――ッ!」
ふいに立ち上がり、外へ飛び出した
真っ暗闇の中、満月が輝いて見える
途中、何度も転びそうになりながらも走り続けた
向かう先は決まっている
「ハァッ……ハァッ……」
急に走り出したもんだから、すぐに横腹が痛くなったが、速度も緩めずひたすら走る
家から約30分
月明かりの中に広がるのは、延々とした墓地
嘉陽は迷わず一つの墓の前に立った
「お父さん……お母さん……ハル……」
小さく、消え入りそうな声で呟き、両足を抱え座り込む
ただ黙って、動かずにじっと墓を見つめたまま、その他は何もしない
やがて一時間程過ぎると、ようやく立ち上がり、家へと歩き始めた
