私が悟さんに拾われたのは、今朝のことだ。
 今朝と言っても朝の一時頃だから、辺りは真っ暗だった。
 家からケータイと少しのお金が入った財布だけ持ち出すと、とりあえず私は自分の高校へむかった。
 高校に行けばどうにかなるとか、先生に助けを求めようとか思ったわけじゃなくて、単にたまたま高校が頭に浮かんだので、一応の行き先に決めただけだ。
 吐く息がぼんやりと暗闇に馴染んでいく。
 歩く道には外灯がほとんど無かった。
 むき出しの首は氷をあてられているみたいに冷たかったけれど、心は弾んでいた。
 その時の私は、まるでこれから海外にむかう旅行者のような心持ちだった。
 どこまでも歩いていけそうな、月までジャンプできそうな、不思議なパワーがみなぎっているような感覚。気持ちのよい解放感。
 夜の高校は静まりかえっていた。教室の電気はすべて消えている。闇の学校とでも呼べそうな雰囲気。闇の中に学校が建っているというより、闇を集めた塊が学校を形作っているよう。門が閉まっているため中には入れなかった。
 誰かがいるかもしれないと思った。友達とか、先生とか、用務員さんとか。
 目を凝らしてなにか動くものを見つけようとした。けれど窓枠ひとつ動かない。学校は、まるで死んだ生き物のように、一呼吸もしないで、黙ってそびえているだけ。なんだか悲しかった。暗く冷たいあの建物の中でほとんど毎日過ごしていることが信じられなかった。
 いつまでも闇の学校を眺めていても仕方ないので、すぐそばのコンビニに行くことにした。
 闇夜に逆らってコンビニは学校とは対照的な明るさを放っていた。半透明の石灰水みたいな光は自己主張が強すぎる。私は目を細めながら中へ入った。
 雑誌を立ち読みしているスウェット姿の男の人の隣に立ち、私も手近にあった雑誌を手にとった。
 何冊目かの雑誌を読み終わり、体をひねって時計を見ると、もう12時を過ぎていた。
 隣にいた男の人が何も買わずに出て行くのをガラス越しに目で追って、正面の誰かと目が合った。ガラスにうつった自分。その無表情な顔を眺めているうちに、なんだかひどくみじめな気持ちになって目を逸らした。
 再び雑誌に手を伸ばすと、派手なオレンジ色が視界のすみっこで動き、近付いてきた。
 「もしかして、家出…かな?」