目の前で誰かがしゃがみこんでいる。
 だれ?
 顔を伏せていてわからない。
 私は近付いて声をかけた。
 どうしたんですか?
 その人が顔をあげた。
 「…お姉ちゃん!」
 泣いていた。真っ赤な目から涙を流し、しゃくりあげながら私を見上げてくる。よく見ると姉は制服姿だった。私は気がついた。目の前にいるのは、高校生の頃の姉だ。
 「どうしたの?お姉ちゃん」
 私はしゃがみ、姉と同じ目線になった。
 「花穂ぉ…」
 妹の顔を見て安心したのだろうか。姉はますます涙をこぼして嗚咽を漏らし始めた。黙ってその体に腕をまわし、そっと抱き締める。背中をとんとんと叩いていると、なにかの発作を起こしたような姉も少しずつ落ち着いてきた。
 「お姉ちゃん、もう大丈夫。大丈夫だから。なにがあったの?」
 姉を抱き締めたまま、彼女の肩の上で私は尋ねる。姉のたったひとりの妹として。
 「あの…あのね、花穂」
 「うん、なあに」
 「悟が…」
 悟、と聞いた途端、体がずっしりと重くなった。心が影を落としていく。
 「花穂、聞いてるの?」
 姉が体を離し、顔をのぞきこんでくる。
 「花穂、聞いてよ。悟がね、悟がね」
 やめて…。
 「花穂、悟が、悟が…」
 やめてよ。
 「悟が、悟が、悟、悟、悟、悟、悟、悟」 やめてやめてやめてやめて…!


 「やめてってばっ!!」
 ガバッ。
 気がつくと見慣れない部屋にいた。なぜか自分はベッドの上。膝の上あたりで丸まっている毛布に目を落として呆然とした。
 あれ…?夢?夢か…。っていうか、ここ、どこ…?
 「やーっと起きたよ、このぐうたら」
 聞き覚えのある声のした方をむくと、思ったとおりの人物が立っていた。
 「ヒカル…」
 思い出した…。私、家出中で、悟さん家に泊めてもらったんだった。
 「ほら、早くこっち来い。メシが冷める」
 ダイニングの机の上で、ご飯やお味噌汁が湯気をたてていた。
 「サト兄はとっくに出てったぜ。ちなみに俺も午後からバイトだから」
 「…これ、あたしの?」
 「当たり前だろ。俺はお前が寝てる間に食ったよ」
 「…いだだきます」