「あの…私帰ります」
 私が突然立ち上ったので、悟さんは驚いて目を丸くした。
 「え?」
 ヒカルも私を見上げてぽかんとしているので、どいてください、と素っ気なく言ってやった。けれどしゃがんだまま動こうとしない。もう一度、どいて、とさっきより強く言うと、やっと立ち上がって道を開けてくれた。
 「花穂ちゃん、遠慮することないって!」
 靴を履いていたら悟さんが追いかけて来た。右のスニーカーの踵が内側に折れてしまったのを指を突っ込んで直しながら、
 「いいんです。おにぎりとサンドイッチ、ごちそうさまでした」
 頭を下げた。
 困惑している悟さんに続いて、ヒカルが玄関までやってきた。
 「あら?帰っちゃうの?まさか俺のせい?俺のせい?」
 無視してドアノブに手をかけた。
 そうだよ。君のせい。弟がいるなんて聞いてなかったもん。
 悟さんだってお姉ちゃんの元彼ってだけの浅い繋がりの他人だ。その弟なんてのは赤の他人通り越して異星人ってところ。異星人なんかのところに泊めてもらうわけにはいかない。
 悟さんにお礼を言って部屋を出た。
 さて、これからどうしよう。考えながら階段を一段降りたところで、はっとした。
 急いで踊り場の窓辺まで降りて外を見ると、思った通り、雨が降っていた。
 持っているのはケータイとお財布のみ。
 仕方なく私は傘を借りるために悟さんの部屋に戻ることにした。
 さっき自分から出て行った手前、ちょっとためらってインターホンを押した。
 すぐに扉が開いた。
 しかし、立っていたのは悟さんではなく、異星人のヒカルだった。
 「どなたですか?」
 ヒカルがふざけてとぼけたけれど、相手にする気にはなれなかった。
 「悟さん呼んでください」
 「どうしよっかなぁ」
 「悟さん!呼んでってば!」
 怒鳴られてヒカルは顔をしかめた。
 「そんな大きな声ださないでよ。わかったわかった」
 振り返り、サト兄、と叫ぶ。
 呼ばれて部屋の奥から出てきた悟さんは、私を見るなり安心したようにため息をついた。
 「よかった、花穂ちゃん。今追いかけて連れ戻そうかと思ってたんだ…。でも窓の外見ても歩いてないからどうしたのかと思って…」
 「あの…そうじゃなくて傘を…」