しかし……

夏帆は中山の目を見ていない。
舞台裏の衣装や、ネタ帳らしきノート、BGM用のCDと何故かひたすら視線を泳がせながら、中山の話に耳だけ傾けている様子。


―なんで……?


夢の中だというのに胸がチクリと痛んだのを鮮明に覚えている。


中山の目が…『俺の目を見て…』、そう言ってるように思えた。
そして、明らかに夏帆はそれを拒んでいた。



そんな夏帆を、中山が今度は強引に抱き寄せ、顔を近づけると…


遠巻きから見ていたはずの自分が、どんどん距離を縮めていくのが分かった。


―やめろ…

夢の世界で姿のない自分の声が響いた。
現実の蒼介はそんな事をするはずがないのに。
夢の中では、時に自分の意思とは違う事が起きる。


その声は間違いなく蒼介のものだった。


…しかしその声は二人には届かず、中山は夏帆の耳元に口を近付ける。
夏帆はそれをくすぐったそうに可愛いらしく笑う。 現実では見た事のない頬を赤らめる夏帆。



……が、次の瞬間。


その憂いをおびた艶やかな夏帆の眼差しは冷たいもの変わっていく。



『……………』



中山が囁いた言葉。
それが夏帆を豹変させた。



夏帆は身をくねらせながら中山の腕をくぐり抜け…
笑みを失ったその口で、言葉をおとした。



『気持ち悪い。やめてよ』