海はまた1歩、私の方へ歩み寄って来た。

「あーどうしよう。なんだか無性にキスしたくなったんだけど。……駄目?」

私は頭がクラクラするほど、大きく首を横に振った。

「駄目! 無理よ!」

「どうして?」

「だって……こんな場所じゃ、人が見てるし」

「ここには俺たちしかいないよ?」

耳を澄ますと、微かにバスのエンジン音が聞こえてきた。

「ほらっ! バスも来るから……」

「あれは路線バスだよ。ずいぶん離れてるし、ここには当分バスは来ない」

海は私の反応を楽しみながら、周囲を見回してそう言った。


──どうしよう。

名前も年齢も、全て本当のことを知られて、「ありのまま」になってしまった私。

──そう思っただけで、まるで身ぐるみはがされてしまったように恥ずかしくて。

私の心臓のドキドキという音は一層早くなり、顔は湯気でも出てるんじゃないかと思うほど、赤く、熱くなっていった。

そんな私の気持ちを知ってか知らずか、海の手が私の手にそっと触れる。

だけど。
たったそれだけのことなのに、飛び上がりそうなほどドキッとさせられて。

私は思わずその手を払いのけてしまった。

「ごめんね……なんだか私、ドキドキしちゃって。おかしいよね、今までこんなことなかったのに」

海は笑って、もう一度私の手をぎゅっと握った。

今度は、私が決して逃げないように、強く、包み込むように。

「ミナミはやっぱり狡いよね」

私が抵抗しないのを確認すると、海はその手を私の肩へ移動させた。

私の肩を抱くその手は優しかった。

逃げようと思えば簡単に逃げられるのに、こうなってしまうと、もう、私は身動きがとれない。

「俺なんて、初めてミナミに会ったときから、ずっとドキドキしてたっていうのに」