次の日は目覚めが悪くて、ベッドからようやく身体を起こした時にはすでにお昼を過ぎていた。

洗面所で顔を洗い、キッチンで入れたドリップ式のコーヒーを持ってリビングへ行くと、そこに人の気配は無く、しんと静まりかえっていた。

テーブルの上には、多華子からの置手紙。

私はソファに腰を下ろすと、その手紙を手に取った。

多華子らしい、綺麗だけど勢いのある文字が紙の上で飛び跳ねている。

《おはよう。この口紅は今年の春の新作だよ。今日もデートだったらぜひ試してみてね。たまにはこんな色もいいと思うよ!》

そして手紙の横には、真新しい1本の口紅が置かれてあった。

買ったばかりでまだ固いキャップを外し、容器を回して中身を繰り出すと、春らしい鮮やかなピンク色のスティックが顔を覗かせる。

──まったくもう、多華子ったら。
デートじゃないって、何度も言ったのに。

私は洗面所へ戻ると、化粧ポーチからリップブラシを取り出した。

鏡に向かって口を横に広げ、まずブラシに取った口紅で唇の輪郭をとり、内側はスティックで直接塗りつぶす。

私は、塗り終えた口紅を洗面台に置くと、姿勢を直して鏡に映る自分の姿を覗き込んだ。

……青白い顔の中で、唇のピンク色だけが浮き立って見える。

思わず私は苦笑した。

「……私、何浮かれてるんだろう」

私はティッシュでその口紅を丁寧に拭き取った。

そして、気色のなくなった唇に、一番落ち着いたベージュの口紅をのせた。