東京都目黒区のとある街の一角に、昭和の風格を感じさせる古い商店街があった。その名も『桜町商店街』。昭和六十年に建設された、この商店街は、道路の両側に店舗が張り付くような形態で、東西に縦長の普遍的な商店街だ。二十店舗ほど集まるこの商店街は廃業、撤退が相次いでいる。経営が低迷しているからだ。不景気も関係しているが、ここ二十年の間、桜町商店街の周辺には、巨大スーパーマーケットや若者向けショッピングモールが建設された。
これらに客を取られ、黒字を出すのでさえ困難な状態なのだ。
しかし、商店街の従業員は、客が入るよう、サービスを充実させたり、色とりどりの花を植えたプランターを商店街の至る所に置くなど、様々な工夫を凝らしている。

午前六時。商店街を、一台の古びたトラックが大量のダンボール箱を荷台に載せて、ケーキ屋『くるみ』、『星野精米店』、宝石店『ジュエル』の前をスピードを出して通り過ぎ、『カハラ青果店』の前に勢いよく駐車した。
キィーという耳障りな音を立てて、灰色の作業服を着た、柔和な雰囲気を持つ中年女性がトラックの運転席から出てきた。 『青果店カハラ』の店長である、華原陽子だ。陽子は、首にハンドタオルを巻いている。さほど、暑いわけでもないのだが。
すぐに、青果店カハラとペイントされたシャッターが開くと、黒目がちで、長髪な可愛らしい少女が出てきた。
陽子の娘、彩音である。 「おはよう、お母さん。競り、今日もお疲れ様。今日はどうだったの?」 彩音は、荷台の上に何段にも積み重なる、ダンボール箱を見上げて云った。
安くて新鮮な青果を仕入れるため、市場へ行き、競りを行うのが、青果店の一日で最初の仕事だ。 「殆どの青果を安い値段で競り落としたわ。お母さん、すごいでしょ」 陽子は、どんなもんだいというように、彩音に向かってにんまりと笑った。
「すごいね。お母さん、すっかりベテランだね」 「そうよ。これからは私を師匠と呼びなさい」
「何言ってるの。今日もダンボール箱、全部降ろしとくからね」
優しげな微笑みを浮かべてそう言うと、彩音は、トラックの荷台に飛び乗り、最上段にある中国産生タケノコの入った箱を両手に持つと、飛び降りて、アスファルト上に置いた。
個々のダンボールには、旬の青果から、施設園芸農業によって他県で培われた青果、外国産の青果など、多種多様の青果の名前が印刷されている。