「い、幾多様!?」

ずっと話を聞いていた女は、繁華街を越えても、幾多が足を止めないことに気付いた。

15分くらい歩くと、国道に出た。

さらに信号を渡ると、寺があった。

人気のない寂れた寺だと思っていたが、境内の端が駐車場になっていた。

「宗教も金儲けさ」

駐車場と反対側の門から中に入り、坂道を歩くと墓地が見えた。

「幾多様!?」

驚く女に、幾多は墓地を真っ直ぐ目指しながら言った。

「夜に墓参りをしてはいけないという決まりは、ないだろ?」

墓地に入ると、すぐに幾多は目を細めた。

目的の墓の前に、誰かがいたからだ。

「!?」

夜の静まり返った墓地は、人の足音さえ響く。墓の前にいた男は、幾多達の方を見た。

「あの男は!」

女は思わず、足を止めた。

しかし、幾多は足を止めずに、男のそばまで歩いていく。

「こんなところで会うなんて、奇遇だね。正流」

墓の前にいたのは、長谷川正流だった。

「それは、こっちの台詞だ。お前がどうしてここにいる」

長谷川の鋭い目に、幾多は肩をすくめ、

「君の妹さんには、僕の妹が世話になったからね。せめて、命日くらいは来ないとね」

長谷川に微笑んだ。

「フン!」

長谷川は鼻を鳴らすと、手に持っていた花束を墓の前に置き、そのまま幾多の横を通り過ぎた。

「捕まえないのかい?」

幾多の声に、長谷川は足を止めた。

「妹の墓参りに来たやつを捕まえる気はない。それに、銃を持つ相手に丸腰では勝てない」

長谷川の言葉に、幾多は笑った。

「そんなことはないよ。正流が捕まえたいなら、捕まるよ。ただし、脱獄はするけどね」

「!」

「それに、もうすぐ玉切れなんだ。新しい銃を調達しなくちゃならないし」

幾多の言葉が冗談でないことを、長谷川は知っていた。

「お前は!どこまで、罪を犯すんだ!」

長谷川は振り向き、幾多を睨んだ。

「下らない人間がいるかぎり」

幾多は声をあらげることなく、普通のトーンで当然とばかりに言った。