それでも朝はやって来る

何も言わずにマットから降りようとしたが、悠里に腕を捕まれて止められた。


「痛ッ…」

「やせ我慢するな。傷だらけじゃねぇかよ。おら、おぶってってやるよ」


無理矢理に朝子の体を、背中に乗せようとした。


あの藤咲かえでが付けていた香水の匂いが、悠里の髪の毛からした。


「や…ヤダッ!!」


急に突き飛ばされて、悠里は驚きを隠せなかった。


「その匂い……やだよ」


小さな声で呟いても、悠里にはなんのことかわからないようだった。


「わーったよ!!おんぶが嫌なのか?」


朝子は首を小さく振る。


「しょうがねぇ…抱っこしてやるから」

「やだ…」


徐に拒否されてどうしていいのかわからず、悠里はイライラして頭を掻きむしった。


「なんなんだよ、お前…何だったらいいんだよ」


苛立ちを隠せず、無理矢理に引っ張って行こうと、朝子の手をとろうとした瞬間。


「悠里様…」


真楯が眼を伏せ首を横に振った。


「僕がお送りしますから…」


一度反発してしまったら、後に戻れず悠里と顔を合わせづらくなってしまった。


悠里の憤った溜め息が聞こえた。


「わかったよ。好きにしろ!!」


一人いなくなった体育倉庫はやけに静かで、急に寒くなった気がした。


本当はこんなことを言いたいんじゃない…


悠里が立ち去った後の入り口をじっと見詰めて動けなかった。



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