一度も、社長室には行かなかった。

 秘書から何度か電話があったようだが、彼は片っ端から切った。

 朝食も昼食も食べずに、パソコンの前でキーを叩くのだが、3文字打ったら止まってしまう。

 歯車の中に、杭が挟まっているようだ。

 指を止めるたびに、昨日のことが甦った。

 ぞっとする悪寒とめまいが、何分かおきに彼を襲う。

 症状に緩和は見られない。

 大体、食事もせずに徹夜状態で、なおかつ心理的苦痛を休みなく繰り返されたら、目眩がしても当たり前だった。

 だが、そんな自分の気持ちを、彼は蹴り飛ばした。

 この程度の悪寒や目眩なんか、昨日のメイの気持ちとは比較にもならないのだ、と。

 彼は、ボロボロにならなければいけないのだ。
 そうしなければ、許されないような気がした。

 いや。

 メイが許しても―― 自分が許せない。

 理性とか彼女への大事な思いとかを、彼は自分で踏みにじったのだ。


 綺麗な椅子だった。


 カイトの心の中にあった、メイ用の椅子は、キラキラしていてピカピカしていた。
 彼女が座っているための椅子だったのだ。

 それを、カイトはカッとなって蹴り倒した。

 はっと気づいて、椅子を起こしたら―― もう、彼女はどこにもいなかったのだ。

 見ると、椅子は重い鉛色になっていた。