妹神(をなりがみ)

 そのおじいさんは笑いながら言った。
「元教授ですわい。今は年金暮らしのただの老いぼれですけん。そげん気を遣わんでよかですよ」
 元教授?大学の先生だったのか。道理で妙に威厳があったわけだ。俺と美紅がすすめられたカステラを頬張っている間、母ちゃんはその元教授とこんな会話を交わした。
「今日有馬教授、いえ有馬さんをお訪ねしたのは深見百合子さんとその息子さんの件です。当時長崎大学付属病院の教授でいらっしゃった有馬さんは、二十年前に百合子さんに、そして十年ほど前に息子の純君にある特別な検査をなさっていますよね。その結果をお聞きしたいんです」
「それは患者のプライバシーに関わる事じゃけん、お話してええもんかどうか……」
「警察の方から事情はお聞きのはずですが」
「確かに……長崎県警を通じて警視庁から協力は要請されとります。ええでしょう。ただし、この話はくれぐれも他言無用に願います。君たちもええな?」
 その元教授は俺と美紅に向かって重々しく言った。俺は思わず深々と頭を何度も下げた。美紅も深くうなずく。
「深見さんの事は今でもよう覚えとります。あんな特殊な検査の依頼を受けた事は、最初で最後でしたからな。多分もうお気づきでしょうが、確かに深見百合子さんには他に例を見ない特殊なDNAの配列構造がありました。ただ、いわゆるジャンクDNAと言うて、何のためにあるのか分からん、そういう部分に特異な遺伝子配列があったというだけでしてな。病気とか、そういう何らかの異常を引き起こすような物ではありませんでした」
「それで息子さんの方は?」
「息子さんにはそのDNA配列はありませんでした。ご存じでしょうが、子供は両親から半分ずつDNAのパターンを受け継ぎます。あの息子さん、純君と言うたか、には百合子さんのそのDNAの異常は遺伝しとらんかった。そういう事でした。ただ……」