「だがの、雄二、『をなり神』の心が消える事はない。ほれ、あれを見てみい」
 お婆ちゃんが指差した方角には手をつないで道を歩くランドセルを背負った女の子と幼稚園の服を着た男の子がいた。次にお婆ちゃんが指差した所には若いお母さんと男の子。それから肩を抱き合って歩く恋人同士らしいカップル。お婆ちゃんが続けて言う。
「あれが今の、そしてこれからの時代の新しい『をなり神』の形なのかもしれん。たとえノロやユタが全て絶えていなくなり、琉球の神さんたちが全てウチナンチューにすら忘れられる時が来ても、『をなり神』が消える事はない。人がみな女の腹から生まれ、女親に守られて育ち、大人になっても常に男は女に癒されてつらい仕事に耐えて行く力をもらう……その、人の世の理が変わらぬ限り、『をなり神』の心はいつまでもこの世に残り続ける」
 それからお婆ちゃんは俺の頭に手を乗せて、今まで聞いたことのない優しい声で言った。
「美紅のことを悲しむのはええ。だが気に病んではいかん。それはあれのマブイも喜ばん。あれは世が世なら琉球神女の歴史に名を残したかもしれん立派なユタじゃった。おまえはその『をなり神』に守られた男じゃ。その事を誇りに思え。誇りに思ってこれから生きてゆくがええ」
 俺はもう泣かなかった。右のこぶしで目をこすり、顔を上げると街のあちこちに仲良さそうに並んで歩く、兄妹、姉弟、母子、恋人たち……その姿が俺の視界に広がった。
 それからすぐに母ちゃんが俺たちの所へ戻って来た。県警との話はうまく済んだらしい。お婆ちゃんがベンチから立ち上がって俺と母ちゃんに言った。
「では、わしは行く。達者での」
「母さん……」
 俺の母ちゃんが少し遠慮がちにお婆ちゃんに向かって言う。
「本当にここで?」
「ああ。今から空港に行っとったら、島に帰る船に間に合わんようになるからの」