もうあたしの手元にある荷物は普段出掛ける時に持ってくバッグだけで、部屋の鍵も学校に返してきた。
この寮で暮らしたのはあたしの高校三年間の大事な思い出の一つで忘れることはないだろう。
この部屋で笑って。
この部屋でふざけて。
この部屋で語り合って。
この部屋でたくさん嬉しいことや楽しいことを学んできた。
それに比べて
悲しいこともたくさんあった。
溢れ出て止まらない涙を一晩中流していたこともあった。
苦しくて辛くて胸の奥がズキズキと痛む夜もあった。
舜の部屋ではたくさんの初めてを経験した。
キスする嬉しさも
愛する喜びも
あの部屋で分かった。
「………ばいばい」
寮の入り口にそう言い
あたしは新たな一歩を踏みだそうとしていた。
「実紅ちゃん!待って!」
奈留が後ろから走ってきてあたしの手を握り締めた。
「…あたしね…実紅ちゃんのこと絶対忘れないから。てか、絶対休みには遊ぼうね」
「うん」
「だって結構大学近いしね!もしかしたら行き来出来るかもしれないしね!」
「うん」
「遊べなくてもメールと電話だってあるもんね!会いたいって思ったら会えるもんね!」
「うん」
「友達出来ても忘れないでね!あたし実紅ちゃんのことずっと尊敬してるからね!」
「…忘れないよ」
「雨宮くんから連絡あったらあたしにいつもみたいに連絡してね!出来たらでいいけど」
「連絡するよ、だから……」
「頑張ってね!もし料理教室とか始めたら言ってね!あたしが一番目の弟子になるからね!」
「…だから奈留…」
「忘れ……ないでね……」
「泣かないでよ」
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